ブラジルの世界遺産 ④
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執筆者:田所 清克 氏(京都外国語大学名誉教授)
ブラジルのユネスコによる世界遺産 [16]
セラードの保護地域;シヤパーダ・ドス・ヴェアデイロスおよび国立エマ国立公園(Áreas de protecão do cerrado; Parques Nacionais da Chapada dos Veadeiros e das Emas)
ユネスコに2001年認定されたセラードは、ブラジルの国土の約24%を占める、アマゾンに次いで二番目に大きいビオーマである。しかも、世界の熱帯サバンナの豊かな森林を抱えている。
およそ一万種植物の44%は固有種で、それは世界のどこにも存在しない。
動物相も、何百種類もの脊椎動物、鳥類、爬虫類、両生類がいて、非常に豊かである。
植生に関しては、小灌木や、厚い表皮の枝の折り曲がった樹木に特徴がみられる。
更に、イネ科の植物と、灌木の間に散在する典型的な森林群落の、セラードよりも深い森を呈したタイプのセラダン(cerradão)が見出される。
セラードは地球上でもっと危惧されている地域の一つとみなされている。つまり、環境学者たちは、特に保全が必要なhotspotとして、世界の34のビオーマの一つに挙げているのである。ユネスコが世界自然遺産に登録している事由が理解される。
私はこれまでのブラジル旅行、わけてもパンタナルの旅程の折に、セラードの景観を巡見し、その実状なりを成果として重ねて公にしている。
重複して「屋上屋を架す」ことになるが、ブラジル中央協会のコラムに詳述しているので、転載する。
ブラジルのユネスコによる世界遺産 [17]ゴイアースの歴史中心地区(Centro Histórico da Cidade de Goiás)
ゴイアーニアから140キロのところにあるゴイアースの歴史中心地区は、ポルトガル・ブラジル建築、石畳、カラフルな邸宅が傑出している。のみならず、18世紀以来の《金の経済サイクル》(ciclo do ouro)伝統が息づいているところでもある。
最初のゴイアーニアの都で深窓詩人のCora Coralinhaの揺りかごの地であったここも付言しておこう。
Vila Boa なる旧名を持っこの街は、中央ブラジル平原(Brasil Central)の歴史を語る上で看過できない。
ユネスコの文化遺産として認定[2001年12月]されたのも数々の事由による。
例えば、その一つは宗教建築にあるのかもしれない。街の主要な教会というか聖堂であるCatedral de Santana、16世紀に建造されたNossa Senhora do Rosário dos Pretos、階段で登るのを強いられるIgreja de Santa Bárbaraがそうである。
Santa Bárbara Boa Morte e Abadiaといった歴史的博物館や教会の建造物を有している。
付言すると、18世紀の統治者の官邸となっていたコンデ・ドス・アルコス宮殿(Palácio Conde dos Arcos)も歴史的、文化的価値があり、加えて、庭園と家具は圧巻だ。

ブラジルのユネスコによる世界遺産 [18] サン・クリストーヴァン市のサン・フランシスコ広場(Praça São Francisco na Cidade de São Cristóvão)
セルジッペ州の現在の州都アラカジュの南西に位置するSão Cristóvão市。
創立者Cristóvão de Barroの名を冠したこの市は1590年に創立され、国内でも4番目に古く、現在のセルジッペ州の最初の都が置かれたところでもある。
そうした事由もあって、17および18世紀の建造物が、市の中心部にある広場周辺に立ち並ぶ。
例えば、以前はサン・フランシスコ修道院であったMuseu de Arte Sacra、 Museu Histórico de Sergipe、Casa das Culturas Populares、Palácio Provincialなどがそうである。
1637〜1645年の間、オランダ人が占拠したことから、街全体が破壊されたものの、貴重な建物が現存しているのは、奇跡と言うしかない。
私は北東部の地はかなり訪ね、むろんセルジッペ州の都であるアラカジュには出向いたものの、悲しいかなSão Cristóvãoの地を踏んだことはない。
であるから、これ以上は語れない。ともあれ、2010年8月、ユネスコより世界文化遺産として認定されている。

ブラジルのユネスコによる世界遺産 [19]リオ・デ・ジャネイロ: 海と山の間のカリオカの景観(Rio de Janeiro: Paisagens Cariocas entre a Mon-
tanha e o Mar)
2012年12月27日に都市文化景観の美しさから世界文化遺産として認められている。
リオが国内の他の遺産に較べると、遅れて世界文化遺産に認定されのは、意外な気がする。
絵を見るような絶景のリオが私の留学先であって、毎日その風光明媚[パン・デ・アスーカル、キリスト像など]な景色を眺めながら、通学していたのが、昨日のことのように思われる。
海に迫った海岸山脈、その光景は、神戸にも似た風景を想わせることから、どこかで両都市の類似性について言及したことがある。
独断と偏見ながら私は、「麗しき都市」(Cidade Maravilhosa)とも歌われるように、リオが世界でももっとも美しい都市であることを確信している。
ピトレスクな自然風光に心を奪われたフランス人は、1555年にはや「南極フランス」(França Antártica)をグワナバラ湾周辺を占拠して、要塞を築いた程である。
首都がブラジリアに移転したものの、相変わらず文化の中心地で、植民地時代以来の貴重な種々の文化遺産がそこかしこに見られる

ブラジルのユネスコによる世界遺産 [20]パンプーリャの近代化な建築群の総体: Conjunto Moderno de Pampulha
1940年代に、首都ブラジリアを建造した建築家のオスカー・二マイヤーと、造園技師のロベルト・B・マルクスによってなされた建築群およびパンプーニャ湖の周囲の庭園。
Juscelino Kubitschec大統領に1940年に勧められて築造されたその建築群は、近代建築のはしりとみなされ、中でもパンプーニャ湖の周囲に建てられた次の四つは傑出している。
①放射線状の建物で、外壁がアズレージョ(彩色陶板)のサン・フランシスコ・アシス教会(igreja São Francisco de Assis)。
②パンプーリャ美術館(Museu de Arte da Pam-
pulha=MAP)で、もともとはカジノとして作られた。
③舞踊館(Casa do Baile)でレジャー空間と、建築関連の資料センター。
④海岸に停泊する船舶を想わせる構造の、ヨット、テニス・クラブ。
パンプーリャに出向けば、二マイヤー手になるあの独特の曲線の構造のものや、Cândido de Portinariの壁画に出合える。
ユネスコは2016年7月17日、世界文化遺産に認定している。




