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ブラジル大統領選挙にまつわる話

執筆者:辻本 希世 氏 (ジェトロ・サンパウロ事務所)

  2018年10月7日、ブラジルでは4年に一度の大統領選挙が行われる。当日は、大統領のほか、下院全議席(513席)、上院議席の3分の2(81議席中54議席)、全27州知事、各州の州議会議員を選出する選挙も行われる。大統領選挙は国民による直接選挙で選定される。有効投票率で過半数を取った候補が当選となるが、1回目(10月7日実施)の投票で最多得票者の票数が過半数に達しない場合は、得票数の上位2人による決選投票(10月28日実施)によって大統領が選出される。   投票は18~70歳の読み書きができる全ての国民に義務づけられており、白紙や無効票を除いた有効投票率は90%を超える(希望すれば16~17歳および70歳超の国民、または読み書きのできない人でも投票可能)。   なお、立候補者はいずれかの政党に所属する必要があり、無党派として立候補することはできない。7月20日から本格的な選挙戦が始まっており、7月20日から8月5日までの間に、各政党は政党内の候補者を選定し、高等選挙裁判所(TSE)に登録する。本原稿執筆時(8月22日)は、既にTSEへの届け出が終了しており、13人の立候補者が発表されている。その中で主な候補者として挙げられているのが図の6人だ。前サンパウロ州知事でサンパウロ州内での知名度が高いジェラルド・アウキミン氏、元環境相を務めたマリーナ・シウバ氏など。注目を集めているのは、2003年から2006年、2007年から2010年の二期にわたり大統領を務めた、労働者党(PT)所属のルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シウバ氏だ。収賄の罪で二審の有罪判決を受け、現在は連邦警察に収監されているが、所属するPTからTSEへの届け出を提出し受理されている。しかし今後選挙登録に関する審査が行われるため、最終的にTSEによって登録が抹消される可能性も残っている。   立候補者が出そろった後の8月20日に民間調査会社イボッペが公表した世論調査によれば、ルーラ氏を支持すると回答した人が全体の37%と最も高かった。次いで、リオデジャネイロ州出身の元軍人で現職下院議員ジャイール・ボウソナーロ氏(18%)、次いでシウバ氏(6%)。仮にルーラ氏の立候補が認められず、PTが副大統領候補として届け出ている、フェルナンド・アダッジ氏が大統領候補として選挙戦を戦うケースを想定した場合、最も支持率が高いのは、ボウソナーロ氏(20%)、次いでシウバ氏(12%)で、アダッジ氏の支持率は4%と低い。   ルーラ氏の人気が高い背景には、ブラジルの社会格差が挙げられるだろう。ルーラ氏は大統領就任時、貧困層向け補助金等の支出を増加させた。それが財政悪化の要因の一つになったとも言われているが、今でも貧困層を中心に絶大な支持がある。ブラジル地理統計院(IBGE)が2017年11月に公表した全国サンプル家計調査によれば、2016年は14歳以上の労働者(8,890万人)のおよそ半分が月額最低賃金(880レアル≒約251ドル)以下の所得しか得られていない。   ただ、PT政党そのものの人気があると言うよりは、ルーラ氏への期待が高い、と言えそうだ。事実、2014年の前回選挙で当選したPT所属のジルマ・ルセフ氏は、任期途中の2016年8月に弾劾により大統領職を追われている。ルセフ政権が誕生した2015年のブラジルは、通貨レアル安、高インフレ、公共交通機関の運賃値上げなども相俟り、市民の生活は圧迫された。国内ではルセフ政権に対するデモが頻発し、国民の政府に対する不満は日増しに大きくなった。民意も後押しする形でルセフ氏に対する弾劾が成立したのだ。   また、前述の世論調査を見ても、仮にアダッジ氏が大統領候補者となった場合の同氏の支持率は低く、必ずしもルーラ氏支持者がPT支持者という訳ではなさそうだ。   ルーラ氏の公約に目を向けると、貧困層向け補助金の強化や2017年11月から施行されている労働法について労働者保護の観点から改革逆戻りを感じさせるものもある。現在のブラジルは、2014年から続く基礎的財政収支の赤字で財政状況は厳しい。その要因は社会保障などの恒常的な歳出の増加等で、改革を行わなければ今後さらに悪化することは目に見えている。ただ、社会保障改革法案では年金受給年齢が男女共に引き上げられることから、確実に国民の痛みを伴う改革であり、ルーラ氏は改革路線には反対している。   ブラジル大統領選挙は4年に一度で、ワールドカップ開催年と同じ年にやってくる。 2014年はブラジル開催、2018年はロシア開催だったワールドカップでブラジル代表は国民から「優勝」という期待を背負いながら戦っていた。「ブラジル代表が仮に優勝すれば現職大統領の支持率が上がる、敗北すれは現職大統領の二次続投は難しい」とも言われる。2014年の母国開催のワールドカップ準決勝で、ブラジル代表がドイツ相手に1-7で歴史的な敗北を期した日の翌日は、サンパウロ市内は静まり返っていた。「ブラジル政府高官との挨拶文の中に、ワールドカップに関する話題は決して入れないように」と話しているのを耳にしたときは、驚いた。   ネイマールは残念ながらブラジル国内であまり人気がない。サッカーの神様と呼ばれ今でも多くの国民に愛されているペレを「大統領候補に」と推す声もあったと聞いている。まるで人気投票の様なブラジルの大統領選挙。いずれにしても、今後4年間のブラジルを舵取りする大統領が選出されるまで2カ月弱。次期大統領は、回復基調にある国内景気を持続させ、民意と議会のバランスを取り必要な改革を行えるか。注目して見守りたい。  



政党

名前

経歴

PT (労働者党)

ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シウバ

元大統領 (2003年~2006年、2007年~2010年)

PSL (社会自由党)

ジャイール・ボウソナーロ

リオデジャネイロ出身 元軍人 現職下院議員

REDE (持続可能性ネットワーク)

マリーナ・シウバ

元環境大臣 REDE党前共同代表

PDT (民主労働党)

シロ・ゴメス

元セアラ州知事 現職下院議員

PSDB (ブラジル社会民主党)

ジェラルド・アウキミン

前サンパウロ州知事 PSDB党党首

MDB (ブラジル民主運動党)

エンリケ・メイレーレス

前財務大臣

 
 
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